美を追求するために、人は痛みを我慢するべきなのか?
こんにちは。
本日は、前回の続き。
〈美を追求するために、人は痛みを我慢するべきなのか〉ということについてお話しますね。
前回は、どのくらいまでの我慢が出来るのかを個人レベルでお話しましたが、
そもそもそこまで我慢する必要はあるのか?
の問にたいしての答えは「ある」ですね。
とりあえず、なんでも、
何かを手に入れようとするときは、
何かしらが必要になると思います。
時間だったり、お金だったり、嫌なことだったり。
人によっては、苦労せずにほしいと思ったものは難なく手に入れてる方もいるでしょうが、そういうのは置いときます。
昔から、特に美容においてはありとあらゆる犠牲を払って美しさを手に入れようとする輩がわんさかいました。
世界三代美女とかもそう。
↑三大美女に小野小町を入れているのは日本だけらしい
若い肌を保つため、若い女の生き血を呑んだり、
歯を何本か抜いて小顔をつくってたり、
助骨を2本ぐらい折って、コルセットで固定したり。
腸内環境を整えるために寄生虫飼ったり。していたみたい。
出典:http://magazine.gow.asia/life/column_details.php?column_uid=00000394
それに比べたら私のなんて鼻くそみたいなもんだな。
昔の人もこうやって、苦労して、美容に人生をかけて、その結果、得た美貌を武器に国一つ滅ぼすと言うんだから、やっぱり自分の容姿は磨いといたほうがいい。んで、痛いくらいやっといたほうがいい。
(ちなみの世界には昔の人もびっくりなハイレベルな美容があるみたい。旅好きな人は参考にしてみてね! 個人的に、全裸でマイナス120度の冷凍庫に3分間入って美肌に!というのが一番おすすめ!【美とは痛みだ。世界にある「変わったスパ・エステ」がなかなかのハイレベルで挑んできた】
http://find-travel.jp/article/40898)
以下の方は是非試して見てほしい。
・意志の弱い人。
・ダイエットが趣味になっている人。
・これから
自分の外見を磨こうとしている人。
・生まれつきの顔立ちを諦めている人。
一発痛い思いをしたほうが、今まで、色々言い訳してやって来なかったことを痛いくらい後悔して、「ちゃんとやろう!」と心に決めると思います。
そうは、いっても懲りずに怠けてしまったら
また、痛い思いをして、喝を入れてもらう。
3歩進んで2歩下がるを繰り返して、1歩づつでも自分が満足できる美に近づいていけたら良いのではないかと思うのです。
逆に、無痛で寝ているだけで自分が理想とする美を手にしてしまえるのは、身体も心も怠けると思います。また、ダメなら頼もうと簡単に思ってしまう。
だから、今、太ってても良いや。今、食べちゃっても良いや。今日はやらなくてもいいやと意志の弱い自分にいつまでも勝てない。じゃあ、いつキレイになるんだって話になってきてしまう。
「ブスで過ごしても、
キレイで過ごしても
人生は同じ時間をすぎてゆく」
by 安野モヨコ
だったら、キレイな方が良いじゃないか。
今回の〈美を追求するために、人は痛みを我慢するべきなのか〉のテーマに対しての答えとまとめは以下のとおり。
美を追求するために、人は痛みを我慢するべき。我慢して、身体も心も鍛えられて磨かれて、人はキレイになっていくものです。
ちなみに、私の言う「美」と言うのは、「自分を美しいと思う」というのが定義です。
そのために必要なのは、「自信」自信なんて持ち合わせていない。
という人がほとんどだから、だからこそ、痛みに耐えて、
「私はこんなにキレイになるために努力しているんだ」という思いが、「自信」としてにじみ出ると思っている。だから痛みを我慢したほうがいい。
「自信」がなくなってきたらまたひたすら痛い思いをするか、日頃の怠慢にムチを振るって日々精進して磨いていくことで、誰でも、「自分は美しいんだ」という自信が出てくると思うのです。
「キレイになりたいけど、続けるのが嫌いだし、痛いのは嫌」とか言うのは、そもそも「自分を美しくする」という覚悟が足りない。
痛いのが嫌なら、毎日のケアで補え。
毎日できないなら、定期的な痛みに耐えろ。
それぐらいの覚悟を持って
是非、自分磨きに勤しんでいただきたい。
と自分に往復ビンタしながら、
言い聞かせつつ、
今日のブログとさせて頂く!
「どんなに頑張ってもケーキにシロップかけたくらい自分に甘い」という方は、
二人三脚でやっていきましょう。